桜井博志(旭酒造)のプロフィール!大人気・獺祭の誕生秘話について

山口県・旭酒造の大人気ブランド
となった日本酒「獺祭(だっさい)」。

その人気は今や海外にまで
及んでいます。

元は一地方の無名の酒蔵だった旭酒造を
全国区に育て上げたのが三代目社長の
桜井博志さんです。




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紆余曲折を経て家業に

桜井さんは山口県周東町
(現・岩国市)の出身。

旭酒造は江戸時代に創業し明治時代に
桜井さんの祖父が経営権を得て
現在に至っています。

桜井さんは松山商科大学(現・松山大学)
を卒業後、西宮酒造(現・日本盛)で
修行したのち旭酒造に入社。

家業を継ぐつもりで
家に戻ってきたわけですね。

しかし、二代目の父と経営方針などを
めぐって対立。

ついには旭酒造を辞めてしまいます。

こういうことが家族経営の難しさ
でしょうか。

実家を辞めた桜井さんは親戚に
石材採掘業者がいたことで、
桜井商事という石材卸業の会社を
設立します。

酒造りの「さ」の字もない
まったく別の業種に転職した
わけですね。

会社の経営は順調だったそうで
桜井商事は年商2億円の企業に
成長します。

ところが、ここで桜井さんのその後の
運命を変える出来事が起こります。

再び酒造りの道へ

二代目だった父が急逝。

桜井さんは会社を譲渡したうえで
旭酒造の三代目を継ぐことになった
のでした。

折りしも1980年代は第2次焼酎ブーム。

日本酒の人気が大きく落ち込み、
旭酒造も往時の3分の1まで販売量が
減少していました。

とんでもなく厳しい時代に社長を
引き継いだわけですね。

獺祭の誕生

倒産まで囁かれるほどに厳しい
経営状態に追い込まれた桜井さん。

起死回生のために紙パックの商品を
開発したり、大幅な値引きをするなど
しますが、成果は上がらず。

ほかにも様々な試みをするも
業績回復にはつながらなかった
のだそうです。

今からでは想像できないような
厳しい時代を経験していたんですね。

そこで桜井さんは原点回帰する
ことを思い立ちます。

品質重視の酒造りに方針転換し、
大吟醸の開発に着手。

そこで生まれたのがあの獺祭でした。

ちなみに獺祭の名は、旭酒造のある
岩国市周東町獺越(おそごえ)から
一文字を取っています。

また、獺(かわうそ)が魚を獲った
あとにそれを地面に並べる習性が
まるで供物をささげて祭りをしている
かのようにみえることを指す言葉でも
あります。

「獺祭」という言葉自体が
もともと存在するのですね。

この獺祭は狙いが当たって順調に
売上げを伸ばしていきました。

やはり何事も諦めずに何度もチャレンジ
することが大事ですね。

獺祭のおかげで経営危機を脱した
桜井さんでしたが、ここで再び
経営危機が訪れます。

事業拡大での失敗

経営状態を持ち直した桜井さんは
地ビールの製造とレストラン経営に
乗り出します。

一見すると商売に色気を出したようにも
見えますが、じつは夏場には酒造りが
できないため、それを補う多角経営を
めざしてのことでした。

経営の安定化を図ったわけですね。

ところがこの事業は2億円もの
負債を負う大失敗に。

やはり経営の舵取りって
難しいですね。

さらにはこの失敗を機に酒造りの職人
とも言える杜氏が去ってしまいます。

酒造り以外に手を出したことでさすがに
嫌気が差してしまったのでしょうか。

「この時期が一番苦しかった」と
桜井さんは述懐しています。

酒造りのエースが去った旭酒造、
しかし、ここからがさらなる
飛躍を生むステップとなっていきます。

杜氏がいない酒蔵へ

杜氏が去ったあと、若い社員たち
による酒造りがスタートします。

酒造りにおいて重要な温度管理などの
データを蓄積し、空調設備も導入。

ここでも相当な苦労をしたそうですが
見事に杜氏がいなくても高品質な
酒造りができることを証明して
みせたのでした。

まぁこれだけ技術や科学が進歩して
いれば冬限定で職人の勘と経験だけで
酒造りをすることにこだわる必要は
ないのかもしれませんね。

まさにそれを獺祭の大ヒットが
証明しているでしょう。

また、獺祭の洗練された味を
生み出している「二割三分」
(米の7割以上を削る)という
非常識な精米歩合も自由な発想が
なせる業でした。

今や海外へも出荷され、海外での
売上げが全体の1割を占めるまでに
成長しているのだとか。

また海外の要人の御用達にも
なっているのだそうです。

海外でも十分に通用する酒だと
いうことですね。

2016年の9月に桜井さんは会長となり
四代目社長には息子の一宏さんが就任。

旭酒造・獺祭の新たな時代が
始まったわけですね。

酔うため、売るための酒ではなく、
味わう酒を追求する

を信念に獺祭ブランドを不動のものに
育て上げた桜井さん。

世代交代をしたことで今後さらに
旭酒造が飛躍することに期待したい
ですね。

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