田中ウルヴェ京は癌だった?旦那や子供は?メンタルコーチとして活躍

1988年、ソウル五輪のシンクロ・
デュエットで銅メダルを獲得した
田中ウルヴェ京さん。

その後はナショナルチームの
コーチなどを歴任。

現在はスポーツメンタルトレーニング
上級指導士として車椅子バスケット
ボール男子日本代表チームの
メンタルコーチを務めて
いらっしゃいます。




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癌との闘い

田中さんは2010年、43歳の頃に
子宮頸ガンを患い、手術されました。

子宮頸がんは女性特有の病ですが
ヒトパピローマウイルスへの感染が
ほとんどの発生因子となっている
という特殊な癌です。

田中さんは現在も定期健診を
受けているとのこと。

ガンになったことで仕事を失うといった
ことが世間ではよくあるそうですが、
現在も精力的にメンタルトレーナーを
されている田中さんはすごいですね。

そんな田中さんはガンジーの

Live as if you were to die tomorrow.
Learn as if you were to live forever.
(明日死ぬと思って生きなさい
永遠に生きると思って学びなさい)

という言葉を書斎に貼って
いるのだとか。

1日1日を精一杯生きることが
大事だということですね。

家族について

田中さんは米国へ留学中の1992年に
現在の旦那さんと出会い、
1997年に結婚。

ご主人はフランスの方なのだそうです。

お子さんは上に男の子、下に女の子と
二人いらっしゃいます。

四人家族なんですね。

メンタルトレーナーとして

米国への留学から帰国した2001年に
個人事務所を設立し、田中さんの
メンタルトレーナーとしての
キャリアがスタートします。

トレーナーとして契約するため
マネジメント会社を訪ねたことが
あったそうですが門前払いに。

どんな仕事も実績がないと
信用されないのは一緒ですね。

その悔しさをばねにビジネスパートナー
とともに事務所を立ち上げたのだ
そうです。

その後はプロゴルファーや力士といった
アスリートをはじめビジネスマンなど
幅広くメンタルトレーニングを指導し
実績を積み上げてきました。

そして2013年、かねてから親交のあった
車いすバスケ日本代表監督の
及川晋平さんより依頼を受けて
代表チームのメンタルコーチに就任。

多忙だったこともあって田中さんは
当初は断ろうと思ったそうですが、
未知のスポーツであることや選手たちに
強い興味を持ったことで引き受ける
ことにしたのだそうです。

当時、リオデジャネイロ・
パラリンピックをめざしていた
代表チーム。

田中さんは選手一人一人と向き合い
ながらメンタル面のサポートに
あたりました。

時には解決策を求めて徹夜した
こともあったのだとか。

まさに身を粉にしてチームを
支えていたんですね。

その甲斐あって、代表チームは
見事にリオ・パラリンピックの
出場権を獲得。

及川監督からも田中さんの存在で
「チームが落ち着く」と賞賛されて
います。

力はあっても本番で実力が出せない
選手っていますから、メンタル
トレーナーの存在は大事ですよね。

そして、本戦に出場した日本代表は
12チーム中9位という成績を収めました。

大会前に6位という目標を語っていた
及川監督でしたが、届きません
でしたね。

田中さんのサポートを受けながら
2020年東京での健闘を期待したい
ところです。

プライドを捨てた

メンタルトレーナーとして
独立した当初は認められたいという
気持ちが強かったという田中さん。

そんな田中さんに対してパートナーの
中川準子さんは「メダリストとしての
プライドを捨てよう」とアドバイス。

その言葉を受けて地道に活動するように
なったことで田中さんは現在の
ポジションを築くことができた
と語っています。

トップアスリートだったことへの
こだわりが逆にマイナスに働いた
のかもしれませんね。

選手たちが勝つ姿が
めちゃめちゃうれしい

と語る田中さん。

ぜひ多くのアスリートたちを
勝利に導いていってほしいですね。

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